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TOP > 特集一覧 > TECTA MIT MARUNOUCHI

バウハウスとテクタのわずか14年間(1919~1933)という短い期間でありながら、
現在の建築・工業デザインの礎を築き、いまもなお影響を与えるドイツの芸術学校〈バウハウス〉。
バウハウスに魅了され、そのデザイン思想を現代に受け継ぐ
稀有なファニチャーブランド〈TECTA〉の企画展を開催いたします。

























バウハウスの思想を受け継ぐ
ドイツの工房から新作アイテムが
到着しました。
TECTAを代表するテーブル「M21」の天板の存在感を損なうことなく、
新たに採用された垂直に穿孔されたテーブルフレーム。
テーブル全体のフォルムに現代的な軽やかさをもたらしています。
まさに、クラシックの新たな進化形です。

1978年にドイツに生まれ、1998年にスウェーデンへ渡り、カペラゴーデンにてキャビネット製作と木工技術を学ぶ。その後、ストックホルムのコンストファック大学で家具デザインとインテリア建築を専攻し、5年間の修士課程を修了。卒業後はドバイに拠点を移し、不動産開発会社のためのグローバルオフィスを手がけた。2013年にスタジオをベルリンへ移転し、家具デザイン、インテリア建築、写真を融合させた学際的なアプローチで活動を展開している。
Tectaを代表するWickerWorkの名作チェアに新作が登場。
直線的で直立した背もたれの「B20」、1970年代にデザインされた「B25」。
この2つのモデルの間に、新しく現代的なフォルムの
「B15」チェアが加わりました。

家具職人としての資格と建築の教育を受けた後、2014年にホルツミンデンでデザイン事務所「Interior Things」を設立。情熱と精密さを信条に、明快な造形と秩序を追求している。代表作「Meterware」は、アルミと木材・フェルトを組み合わせたトレーシステムで、機能と触感の美しさを融合。次の人生では「時計職人になりたい」と語る彼の美意識は、全ての作品に貫かれている。

「バウハウスとテクタの名作家具展」
限定のイベントグッズを
ご用意しました
オブジェとしても販売しているTECTA CATを
モチーフにしたトートバッグ
ロゴとTECTA CATを
プリントしたグラス
猫とテクタの家具コレクションをイラストにした
オリジナルステッカー ( 9枚入 / 3種 )
〈アクタス・丸の内店限定〉
テクタキャット

奇跡のテーブル
1991年に発表以降、TECTAを代表するテーブルとして1万軒以上の日本の住まいで愛用されている「M21」。実は、このテーブルは、ジャン・プルーヴェ、ピーター・スミッソン、ステファン・ヴェヴェルカ、TECTAのアクセル・ブロッホイザーという4人の協業によって生み出されました。
天板の不定形なフォルムは、プルーヴェにより描かれました。彼はブロッホイザーに「チューブ・アプラティ」をはじめとした、「素材」の重要さを教示した人物です。しかしプルーヴェが描いたのは天板のみだったため、ブロッホイザーはテーブルを完成させるために、プルーヴェの自宅で使われていた暖炉の形状からインスピレーションを得て、レッグを自らデザインしました。
そこへ、イギリスのモダン建築ムーヴメントを牽引し、ブロッホイザーのデザイン思想に大きな影響を与えた一人、ピーター・スミッソンが「Let’s Make Hole(レッグに穴を開けようじゃないか)」と提案。しかも、その穴は「プルーヴェがデザインした扉と同じサイズ、形状にしよう」とアイデアを出したのです。この穴の存在によって、重厚感のあるM21のデザインに軽量感をもたらし、さらに、「空間に置かれた際にも空気の流動性を感じさせる」とブロッホイザーは語っています。
このようにして基本設計がなされたM21に、最後のエッセンスを加えたのは、建築家でありアーティストとして活躍していたステファン・ヴェヴェルカです。TECTAの「B1」チェアなども手掛けたヴェヴェルカは、デザインの「機能」を重視していた作り手で、ブロッホイザーにも多大な影響を与えました。M21のレッグを見たヴェヴェルカは、自らのギャラリーで壁と壁の間にガラスの棚を設置したことで、浮遊感と機能性を両立させていることを説き、M21のレッグにも1枚のガラス板をわたすことを提言したのです。このガラス板によって、M21は、機能性を獲得したと同時に、他に類を見ない圧倒的なデザインのテーブルとして完成を迎えました。
「素材」を重視したプルーヴェによって天板がデザインされ、彼を敬慕するブロッホイザーがプルーヴェ宅の暖炉の形をレッグに採用。そこで、「思想」の面でブロッホイザーに多大な影響を与えたスミッソンによってレッグに穴がうがたれ、そして、デザインが持つ「機能」を重視するヴェヴェルカがガラスの棚を付け加えました。これらのアイデアをブロッホイザーのエンジニアとしての知見を発揮して誕生したのが、M21なのです。
4人の建築家・デザイナーによって生み出されたM21は、まさに「奇跡のテーブル」と呼ぶにふさわしい逸品です。
数々の名作を生み出した、フランスを代表する建築家でデザイナー。ブロッホイザーとは十数年にわたり協業を重ねました。「素材」が何を語りかけてくるかをよく聞くことが重要だという信念を持ち、TECTAが数多くのカンティレバーチェアを作り出すきっかけとなる「チューブ・アプラティ」技術をもたらしました。
「Robin Hood Gardens」などの代表作で知られる、夫婦で活動したイギリスの建築家。ブロッホイザーに、デザインの思想の面で多大な影響を与えた彼らは、ブロッホイザーの自宅「ヘクソン・ハウス」やTECTAミュージアムの設計を手がけました。
ドイツの建築家でアーティスト。「日常で使うものに対して美しいデフォルメを加える」という哲学を持ち、実際に「座れない椅子」のように「プロダクトの本質から導き出される機能」を魅力とする名作を数多く残しました。
ドイツのマニファクチャーブランド「TECTA」で会長を務める。ブロッホイザーは第二次世界大戦後、当時の東ドイツ政府の弾圧により家具工場を奪われ、西ドイツのローウェンフォルデへと亡命を果たします。バウハウスの精神を今日の私たちへと伝え続けている彼のことを、人は「バウハウス、最後の目撃者」と敬意を込めて、そう呼びます。
バウハウス・
バウハウス初代校長を務めた
ヴァルター・グロピウスが
自身の校長室用にデザインした
アームチェア。

1919年、世界初の総合芸術学校バウハウスを創設し、1928年まで初代校長を務めました。アーティストが創造する「芸術」と、職人の領域であった「技術」の統合を唱えた彼は、「造形は機能に従うものであり、国境を越え、世界的に統一された様式」を主張しました。
バウハウス最後の校長、
ミース・ファン・デル・ローエが
デザインした
カンティレバーチェアの傑作。

バウハウス3代目校長として、1930年の就任からナチスの弾圧によって閉校になる1933年までの最後の3年間、校長を務めました。1937年アメリカに亡命した後、「インターナショナル・スタイル」の代表者として成功を収めました。
グロピウス、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエとともに、近代建築の4大巨匠として知られています。
バウハウスで学んだ
マルセル・ブロイヤーによる、
ワシリーチェアの折りたたみモデル。

バウハウスの一期生。1920年からバウハウスの家具工房で学び、後に同校のマイスターとして教授を務めたバウハウスの中心人物。世界で初めてスチールパイプを使ったイスを発表し、材料、生産にかかる時間とコストなど全ての面において最善の方法を模索。バウハウス時代に数多くの作品を残し、渡米してからは建築家としても活躍。
バウハウス・デザインのバウハウスは、1919年に建築家ワルター・グロピウスが中心となってドイツのワイマールに設立した美術と建築の総合教育機関〈バウハウス〉。彼が目指したのは、教師と生徒がデザインスタジオやワークショップで一緒に技術を追求すること、そして芸術を総合的にとらえることでした。絵画の学校、彫刻の学校、建築の学校を持つのではなく、すべての芸術を同じ屋根の下に置き、互いに影響し合えるようにしようと考えたのです。
1925年、ワイマール校は閉鎖を余儀なくされ、校舎をデッサウに移転しました。初期のバウハウスの教育方針を築いたワイマールでは、合理主義・機能主義的な考えと表現主義的な考えで、芸術に対する急進的なアプローチが定義されましたが、デッサウでは、今日私たちが知っている「形態は機能に従う」という、徹底した機能主義を方針とするバウハウス理念が完成しました。
バウハウスは当時のナチス・ドイツの弾圧によって1933年に閉校となり、学校として存続したのはわずか14年間でしたが、ここから数多くの家具が生み出されました。そうした家具に並々ならぬ興味を抱いたのが、東ドイツ出身の〈TECTA〉の創業者、アクセル・ブロッホイザーでした。バウハウスに傾倒する彼は、当時の東ドイツ政府にとって危険な個人思想家と捉えられ、西ドイツに亡命をします。
1972年にドイツ中部にある街、ローウェンホルデにTECTAを設立し、バウハウス の家具製造の権利を譲り受けて、自身の工場で次々と復刻。現在は椅子、テーブル、ソファなど約20点のバウハウス公認コレクションを製造するとともに、バウハウスの機能的なデザイン思想を継承した数々のオリジナルプロダクトを発表し続ける、稀有なマニファクチャーとして、その魅力を世界中に広めています。
